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第63回関東島原半島会 来賓祝辞
相川賢太郎長崎県人会会長(三菱重工業椛樺k役)から祝辞をいただいた。
《 相川です。本日は誠におめでとうございます。初めて出席しましたので、自己紹介を兼ねてご挨拶といたします》と生い立ちの話など、ふるさとの話をされ、出席者には深い共感の輪がひろがった。
《 私は昭和2年、長崎市に生まれ、学徒動員により三菱造船で働きました。原爆の直前、熊本(第五高)へ進学したため、助かりました。同級生には犠牲になった者もたくさんいました。大学(東京大)卒業後すぐ三菱(造船)へ入社、蒸気タービンの設計などをしました。60歳の定年後は島原半島で畑を耕す生活をしようと思っていましたら、東京転勤。平成元年から10年間社長をしました。そして、今も相談役として出勤しています。
父は西有家(町)、母は北有馬(町)の生まれであり、今日ご出席の相川洋さんの家が相川の本家です。中学・高校と島原半島出身者の友人も多くいます。島原半島の人たちは、素朴であたたかい心を持っています。島原訛りのある人に悪い人はいません。切支丹(が栄えた)文化のせいなのか、また橘中佐の伝統が残るからでしょうか。両親はずっと島原弁で話していました。今日はなつかしい島原弁の訛りを楽しみにしています。 》
相川会長は、ふるさと島原半島とご両親への思いを熱く話した。